海溝

覚書とか忘れたいこととか

フジファブリックと歩いた20年

「フジファブリックというバンドがいる」というのを私が認識したのは、中3の頃。当時ネット上で好きなバンドの話をして交流していた2、3歳上のお姉さんが話題にしていたのがきっかけだった。お姉さんが彼らのことを「なんかね、ちょっと変なの。ボーカルの声も独特でね。でもずっと聴いていたい感じがする」と言っていたのを、どうしてか私はずっと覚えている。でもこのときは何故か聴こうとは思わなかった。地方に住んでいた中学生にとって、『興味があるから』『勧められたから』という理由だけでCDを手に取るという行為はかなりハードルが高かったというのが大きな理由だ。その頃私はBUMP OF CHICKENに傾倒していたが、大好きなバンプのCDさえ地元の電気屋の中のCDコーナーで震えながら買っていたものだ。

そんな私がフジファブリックの音楽を初めて聴いたのは空の上だった。2005年春。高校受験が終わり、どこかに旅行に行った帰りの飛行機だったと思う。航空会社の音楽プログラムの中に『銀河』があるのを見つけた。フジファブリックの文字を見つけ、「あ、お姉さんが好きなバンドだ」と思った。聴いたとき、「なんだこれは…………?」という気持ちで脳みそがいっぱいになったのを今でも昨日のことのように思い出せる。ポジティブなタイプの「なんだこれは…………?」ではない。どちらかというとネガティブ寄りだった。

ボーカルの声はなんというか、ちょっと鼻にかかったような感じがして正直上手いのか下手なのか判断がつかない。一方で後ろで馬が駆けるように忙しく鳴ってるキーボードは悪くないと思った。でも、総合して見るとどうしても私の中でハマらなかった。お姉さんには「この間、銀河という曲を聴きましたよ。おもしろい曲でした」と報告した。

2005年夏。高校生になって交友関係も活動範囲も広がった私は、ロッキンオンジャパンを愛読し、ツタヤで気になったバンドのCDを借り、手元に残しておきたいものはタワーレコードで買うタイプの女子高生になっていた。そんな折、ロッキンオンジャパンに載っていた『虹』のジャケットが目に留まった。横にはフジファブリックの文字があった。「ああ、あのバンドが新譜を出したんだ」と思った。

その数か月後、ネットサーフィンをしていたときに偶然『FAB FOX』(2nd Album)の宣伝サイトを見つける。当時にしては(多分)珍しく、全曲無料試聴ができた。今振り返っていて思ったが、多分このサイトに辿り着いていなければ今の私は無いと思う。

私は「無料なら」とアルバムの1曲目、『モノノケハカランダ』の再生ボタンを押した。そして思った。

「とてもつなくかっこいいバンドが居る」と。

試聴は確か1分ちょっとの長さだったが、再生が止まってもイントロのギターリフが私の頭の中を延々と駆け巡っていた。その日、宿題をして、ピアノを弾いて、ごはんをたべて、お風呂に入って、深夜ラジオを聴いて、布団に入ってもずっとずっと鳴っていた。

11月8日の夕方、学校帰りにタワレコに寄って『FAB FOX』を買った。そこから私の中で、フジファブリックというバンドが一番になった。

高校時代のことを思い出そうとすると、絶対にフジファブリックが出てくる。通学中、MDに好きな曲を集めて毎日聴いた。高2くらいからは当時馬鹿みたいにデカかったiPodに入れて聴いた。スカパーに入っている友達に頼んでフジファブリックが出ている番組を全部録画してもらった。

桜が咲くと、『桜の季節』を聴いた。駅から高校までの田んぼ道を日傘を差して歩きながら『陽炎』を聴いた。甘い匂いがしてくると『赤黄色の金木犀』を聴いた。高校の途中から連絡が取れなくなったお姉さんを思い出す寒い夜は『銀河』を聴いた。四季の美しさを知った。

足立房文の脱退には驚いた。友人と「音楽に対する『イデオロギーの違い』ってなんなん?」と帰り道ずっと話し合っていた。今もよくわかっていない。

2008年頭、高校卒業が目前に迫った頃、『TEENAGER』(3rd Album)が発売された。全国ツアーがあり、地元にフジファブリックが来ることを知った私は友人を誘い、ライブに行くことに決めた。クラシック音楽を長くやっていてコンサートに行くのは慣れていたが、ロックバンドのライブに行くのは初めてだった。

2008年3月。翌月から東京の音大へ進学することが決まっていた私は3年間ずっと一緒に居た大切な友人と地元のライブハウスに行き、初めてフジファブリックを見た。一曲目は『ペダル』だった。魂が震えるってこういうことを言うんだな、と漠然としたことを思った。『記念写真』の歌詞がそのときの私と友人の状況と重なり、静かに泣いた。これは私だけの秘密である。

 

2008年4月、私は夢にまで見た東京での生活をスタートした。

地元のタワレコよりも大きなタワレコに毎日のように通った。フジファブリックのライブにも行った。お金がなかったし学校の課題をこなすのに必死だったから、確か1年に2回くらいしか行けなかった。

志村正彦を最後に見たのは2009年3月26日、赤坂BLITZでの『フジファブリック×FUJIFABRIC』だった。二部構成のとても面白いライブだった。ずっと生で聴きたかった『花屋の娘』を一曲目にやってくれてその場で跳ねた。

次の『CHRONICLE TOUR』には行けなかった。なにか用事が被っていて、「まあ、東京にいるしまた行けるよね」と思った。

でも4人体制のフジファブリックはもう二度と見られなかった。

志村の訃報を聞いた日、私は実家に帰省していた。ネットニュースを見て、時間が止まった。その直後、妹が「フジファブリックってあんたが好きなバンドじゃなかったっけ?」と言いながら部屋に入ってきた。

後悔とはどういうことなのか、私はこの時初めて知った。

お別れ会にも行った。献花用の花束を事前に花屋で注文した。「20代後半の男性に、お別れするときに渡す花を。桜は入れて欲しいです」とオーダーした。紫のリボンが可愛い花束を持って、中野に向かった。中野サンプラザの至る所から啜り泣きの声が聞こえた。私は結局志村が亡くなってから一度も泣けなかった。後悔の気持ちの方が大きかった。献花台の前に飾られた志村は、とても気取った顔をしていた。

 

そこから少しフジファブリックとは若干距離を置いた。『MUSIC』(5th Album)は買って擦り切れるほど聴いたけど、富士急ハイランドでのイベントには悩んだ挙句行かなかった。気持ち的に、行けなかった。まだ心の整理がついていなかったのかもしれない。

その後、3人体制で活動再開することが発表された。志村が亡くなってから一度も泣かなかったけどこの時、私は声を上げて泣いた。この時になってようやく私は「フジファブリックが必要なんだ」と気づいた。今までも好きだったけれど、そうじゃなくて、彼らの音楽が自分の人生には必要だと思ったのだ。

大学を卒業し、4人体制最後のシングル『Suger!!』を買ったタワレコで働き始めた。そこでフジファブリックが好きな先輩と同僚と出会った。初めて社販で買ったのは、『徒然モノクローム』だった。

好きなバンドは?と聞かれて「フジファブリックです」と答えると「いい趣味してるねー!」と先輩たちに言われるのがちょっとだけ誇らしかった。でも、まだライブに行く勇気は持てなかった。それを正直に言うと、前述の先輩と同僚が『徒然流線TOUR 2012』のお土産としてクリアファイルを買ってきてくれた。今も大切に使っている。

2012年『Light Flightツアー』で3人体制になったフジファブリックを初めて見た。ひとりで行く勇気がまだ持てなかったので、初めてフジファブリックを見た時となりにいてくれた友人を誘った。何故か倒れそうなほど緊張していたが、三人にスポットライトが当たった瞬間「大丈夫だ」「というか、最高じゃん!」と思った。ここからまたコンスタントにライブに通い始めた。

武道館では上記の友人と10周年をお祝いした。明るい中で奏でられた『桜の季節』のイントロを聴いて、ふたりで「うおおおおおおお!!」と叫びながら泣いて抱き合った。色んな感情がこみあげてきて、「やっぱりフジファブリックは最高!」と思った。終わった後、餃子の王将で「明日UNISON SQUARE GARDENのワンマン行くんじゃけど正直気持ちの切り替えができる気がせん……」と吐露した。(※こちらも全力で楽しみました)

その後働きながら私は保育士免許を取り直すため専門学校に通った。

睡眠時間と自分の趣味の時間を削って過ごす中、フジファブリックの音楽はいつも私を支えてくれた。

タワレコを退職し、幼稚園の先生になった。激務の日々。平日のライブだと、開演に間に合わないこともあった。会場についたら「次で最後の曲です」と山内がMCをしていたこともあった。通勤はスーツだったから、コインロッカーにパンプスを突っ込んでスーツのままライブハウスで踊ったこともあった。フジファブリックのライブに行くと、どんなに疲れていても、どんなにつらいことがあっても「明日もがんばろう」と思えた。

フジファブリックが友達を呼ぶというコンセプトの対バン企画、フジフレンドパークにも何度か足を運んだ。ユニコーンを最前列で見たり、ウルフルズのカッコよさに痺れたり、秦基博の音楽の美しさに心を打たれたり、sumikaというかっこいい若者がいると知ったり、それまで代表曲しか知らなかったアーティストにたくさん出会って、たくさん聴くようになった。フジファブリックが私の音楽の世界を広げてくれた。

遠征もした。30歳になった日、広島でライブがあったのでひとりで飛んだ。行きの飛行機に乗っていたとき、上空から自分が生まれた町が見えた。志村が迎えられなかった30代。志村の年齢を越した日にフジファブリックが見られたことを、今でも嬉しく思っている。一生の記念になった。

忙しさで心が折れて適応障害になり休職した時期も、フジファブリックを聴いた。確かその頃Mステに初出演した彼らを見て、私ももう少しがんばろうと思い、なんとか復職。その後年度末まで働いた。

コロナ渦直前、金澤ダイスケ生誕祭に行った。これがコロナ前最後のライブだった。舞台上でカレーを作り始めたときは本当に笑いが止まらなかった。

そしてその頃、私は転職し保育士になった。フジファブリックを過去に見た、とくに思い入れのある場所の近くで心機一転働くことにした。散歩中にそのライブハウスが目に入ると嬉しかった。(今も嬉しい)

引っ越しの関係でこの頃、過去に集めていたフジファブリックのCDやDVDなどの一部を売却してしまったが、今は少し後悔している。けどきっと今頃他の誰かが大切にしてくれていることを願う。

ずっとずっとフジファブリックが好きだった。2024年7月3日。新宿の本屋でアイシールド21の新刊を買っていたとき、スマホに通知がきた。お知らせを読んだ瞬間、眩暈がして、壁にもたれかかった。

5回くらい読んでようやく内容を飲み込んだ。時間はかかったが私は「彼らが決めた事ならば」と思った。正直、この時は彼らが立ち止まったあとの世界がまったく想像できなかった。まあ、それは今もそうなんだけど。

8月の20周年ライブに、「活休に入る前に見ておきたい」と呟いていたフォロワーを誘った。ここ5年くらいはずっとひとりでフジファブリックのライブに行っていたので、新鮮な気持ちだった。ふたりでブースで記念撮影もした。

私はプレミア席を当てていたので、謎のサインお渡し会にも参加した。ベルトコンベアーのように流されながらサインを受け取った。サインは大切に玄関に飾ってあります。

MCで金澤先生が活動休止について触れたとき、「本当にするんだ」と改めて思った。嘘じゃないんだ、と。ここでなんか、私の中で覚悟が決まった気がした。

 

2月6日のチケットは取れるか不安だったが、無事にお席がご用意された。

今年に入ってから一日一枚、通勤中にフジファブリックのアルバムを聴いていた。意外といつも聴いている曲は固定されていて、「あー、こんないい曲もあったよね」と再認識することが多々あった。

当日、仕事の研修を終えて明治神宮前から早歩きをした。会場には今まで見た中で一番多くのフラワースタンドが並んでいたように思う。彼らを愛していたのは私だけではない。彼らがどれだけ多くの人から愛されてきたのか、それを視覚的に教えられた気がした。

席は関係者席の隣だった。あの人、この人……あの人もいる……と横目で眺めつつ開演を待った。

ライブは最高だった。まあいつも最高なんですが。恐らく3人体制の曲のみで構成されたライブはこれが初めてだっただろう。6曲目くらいで「あ、今日は多分3人の曲だけでいくんだ」と気づいたとき、視界が僅かに掠んだ。彼らの覚悟を感じた。

3人体制になったのは私が上京して数年経った頃。その曲を聴いていた時の記憶が一曲一曲、鮮明に思い出されて胸が高鳴った。「私はフジファブリックと一緒にここまで歩いてきたんだな」と感じた。

途中、MCで山内が「最高のバンド人生でした」と言ったとき、既に過去にされてしまっていることにちょっと笑ってしまった。けど、「これからもたくさん聴いてください」と言った瞬間、私の目からぼろぼろと涙がこぼれてきた。

そうだ、私と一緒に歩いてきてくれた彼らの音楽は無くならない。私たちフジファブリックを愛してきた人たちが忘れない限り、ずっとずっと無くなりはしない。私の20年の思い出が私が死なない限り消えないのと一緒なのだ。そう言われているようで、嬉しかった。私はフジファブリックと一緒に生きていける。

山内は「フジファブリックは新しいスタートを切ります」とも言った。バンドとしての在り方がほんの少し変わっただけ。そう解釈ができる優しくて前向きな、フジファブリックらしい言葉だと思った。

とにもかくにも私はこのライブを経て「大丈夫。まだまだ歩いていける」と思った。彼らの音楽を聴きながら歩き続ければ、またどこかで会える。忘れなければ、また会える。そんな気がしている。

 

いつかのツアーで山内が「僕たちを支えてくれるファンの皆さんも、フジファブリックの一部なんですよ」と言っていた。帰り道、私はその言葉を思い出してちょっと笑った。これからも彼らのことを思い出して寂しくなったらこの言葉を思い出そうと思う。

私もフジファブリックだから大丈夫、と。

同人アンソロを初めて出した話③-完結-

同人アンソロを初めて出した話② - 海溝

こちらの続きです。

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⑬本を受け取る(1月中旬)

印刷した同人誌の受け取りの方法は大きく分けてふたつある。1つ目は会場への直接搬入、2つ目は事前に自宅などに届けてもらう方法だ。

今回私は後者を取った。理由としては献本を郵送でする方にもなるべくイベント当日までに受け取って欲しいという気持ちがあったのと、書影をアンソロアカウントの方で流し宣伝したかったからだ。

印刷所から当初の予定日より4,5日早く納品できると連絡がきて、ドキドキしながら待った。デザインのところでも触れたが、今回はNTパイルという特殊な素材を使用して作っている。

また、窓枠の部分がうまく重なっているかなど、仕上がりがどうなるかは賭けな部分もいくつかあった。

そして届いたのがこちら。

期待以上の出来だった。

早速愛用のミラーレスを取り出して写真を撮り、告知した。デザイナーにも即LINEした。

フォロワーさんたちも装丁のかわいさを褒めてくださり、私がデザインしたわけでもないのに泣きそうになるほど嬉しかった。

 

さて、話は変わり部数についてである。これも今回悩んだことのひとつだ。

個人誌の場合、自分のフォロワー数を参考に「まあこのくらいかしら」という数を用意する。しかし今回はアンソロジー。私の本を普段手に取らない方も、参加者の方目当てにお手に取ってくださる可能性がある。

それはつまり何人なんだぜ? という疑問が浮かぶ。そこで私は部数アンケートを取ることにした。これまたGoogleフォームで行った結果、会場・通販合わせて大体私が当初刷ろうかなと思っていたくらいの数が出た。ギリギリだとアレなのでそこに+αし、部数が決定した。結果については後の項目で触れたい。

 

⑭献本の梱包、発送をする

郵送の方に向けて梱包を始めた。今回利用したのはクリックポストなので、百均でサイズがおなじネコポスサイズのダンボールと本・お礼が入るoppを購入した。

匿名配送の方にはピクスペのURLを送る。クリックポストの方には事前にご住所、お名前を伺い発送。追跡番号を伝える。そして無事に手元に届いたら連絡をしてもらい、DM上からもらった個人情報を削除する旨伝えた。クリックポストのシステム上、一定期間データは残るという注釈も添えた。この辺はデリケートな問題なので伝えておく方がベターかと思う。

今回私と副主催の麦さんを除く13名の方のうち、7名が匿名配送を含む郵送での対応となった。鰐野さんは当初会場でお渡しする予定だったが、夢プチ主催として告知のお手伝いがしたいと大変ありがたい申し出をいただき、お言葉に甘えてひと足早く郵送させてもらった。

ここで気をつけたのが、送り間違えをしないということだ。前回書いたとおり、今回はお手紙を同封している。それぞれ違った内容になっているので送り間違えがあったら最悪である。もうお分かりと思うが私はこの手のポカをやらかしかねないタイプのポンコツなので、ダンボールに付箋を貼ることで事故を防いだ。

 

⑮当日までの準備をする

ここら辺はいつものイベント前とあまり変わらなかった。お品書きを作り、設営に必要なセットを用意し、スーツケースに詰めた。ちなみに私はいつも手搬入をしている。今回も、印刷所が送ってくれたダンボールがスーツケースに入ったので手搬入した。

ひとつ悩んだのがポスタースタンドである。ポスターを作るのは初めてのため、当然持っていない。じゃあ買う……? と思ったがこの1回のためだけに買うのはもったいない気がした。そんな中、赤ブーさんが当日ポスタースタンドを1200円で貸出してくれることを知り、これを利用することにした。

 

⑯当日(設営~献本と挨拶まわり)

前々日に麦さんと持ち物の確認を通話で行う。麦さんはギリギリまでコピー本の製作を頑張っていたので、当日はどうしてもポスタースタンドを借りなければならない私が先に会場に入り設営を始めることになった。

我々はいつも一緒にイベントに出る時はビッグサイト前で集合し一緒に入っているが、今回はひとりでの入場である。正直不安しか無かった。が、いい大人なので特にトラブルもなく、無事にポスタースタンドも借り、設営を開始した。

お隣がずっとお世話になりっぱなしの鰐野さんだったので簡単にご挨拶をさせていただいた。私はその日不安により3時間しか寝られてなかったので「コイツ顔が死んでんな」と思われただろう。まあ事実なので仕方ない。

ひとりで黙々と設営作業をし、ほぼ完了する頃麦さんが来た。ふたりで残りの作業を終わらせ、一般入場の1時間ほど前には準備ができた。

そこからエネルギー補給をしたりお手洗いを済ませたりし、私はサークル参加をされている寄稿者の方に献本を届けにまわった。

事前にDMで「サークル参加の方は10時~10時20分頃伺うのでご対応お願いいたします」と送っておいた。順番に、郵送対応の方と同じ内容のものを渡してまわる。あたたかい言葉をたくさんかけていただいて嬉しかった。差し入れもたくさんいただいてしまった。

戻ってきて一息ついているとすぐに開場の10時半となった。

 

⑰当日(開場後)

いよいよ頒布が始まった。多くの方の元へと旅立っていく我が子(アンソロ)を見て誇らしく思ったし、感動した。

「楽しみにしてました!」と言われるのが嬉しかった。

途中、一般参加の方が献本を取りにいらした。面白かったのが、「献本の他にもう1冊保管用に買っていいですか?」と言われたことだ。めちゃくちゃ笑ったがその気持ち分からなくは無いので快諾した。

また、郵送をしたが当日急遽会場に来られることになったといってわざわざスペースまで挨拶に来てくださる参加者の方もいた。貴重なお時間を使っていただきありがとうございました。

途中私が本を渡し忘れそうになったりお釣りを間違えそうになったりしたが、優秀な会計:麦さんのおかげで特に大きなトラブルもなく、また会計誤差もなく終えることができた。

 

肝心の部数についてだが、見積もりはちょうど良かったように感じる。事前のアンケートで通販を希望されている人の数+‪α‬を避け、その他を会場に搬入したのだが、会場頒布分の残部が2冊と結果的に結構ギリギリであった。

中には通販を利用するつもりだったが会場に来られることになった人も居たのかもしれないが、部数アンケートはあくまでも参考程度にし、そこからどのくらいかけて頒布をしていきたいか、どのくらい在庫を自宅に抱えられるか考えた数を刷るべきだと感じている。

ちなみにイベントの翌日から通販を開始したが、早速多数注文をしていただいている。本当にありがとうございます。

picoket.jp

 

⑱その後について

上記のとおり、イベントの翌日から通販を始めた。そしてイベントから約一週間後の週末には鰐野さん企画のオンラインイベントもある。こちらにも参加し、アンソロジーの宣伝をさせていただけたらと考えている。

更に、まだ企画段階ではあるが、後日アンソロの感想スペースを行うべく私は動き始めている。すでに参加者の方にはお声をかけさせていただいており、多くの方が何らかの形でスペースに参加していただけそうでとても嬉しい。スペースでお話をするということは人によっては抵抗のあることだと思うが、以前「夢語り」でお話したこと、またイベントでお会いできたことにより、心の距離はわずかながら縮まっている……と思いたい。私が勝手に思っているだけだったらごめんなさいである。

こちらの企画に関しては近日中に告知をする予定だ。またこの件に関して何か記録しておきたいことが出てきた際にはこのブログに書くとする。

 

⑲書ききれなかった反省点など

(1)ノベルティについて

これに関してはギリギリまで悩んだ。私の中でアンソロジー=かわいいノベルティが付くというイメージが強かったからだ。もちろん世の中にはノベルティが付かないアンソロジーも多く存在する。さて、どうしたものか……とあらゆる印刷所のノベルティページを見まくった。物によっては見積もりも出した。コースター、ステッカー、しおり、ノートなどなど……

しかし、「みんなやってるから」という理由だけでアンソロジーの内容とそこまで関係ない品物をノベルティという形で添えるのは逆に作品の質を落とすのでは? という結論に至ったので、今回は付けないことにした。念の為言っておくが、決して世の中のノベルティが付く同人作品を悪く言っているのではない。皆さん恐らく「こういう作品だからこういうノベルティを付けよう!」と思って準備されているのだと思うが、私にはどうしてもこの学校行事夢小説アンソロジーからは「これ」というノベルティのアイデアが浮かばなかったため、こういう選択をしただけである。

もう少し私にセンスがあれば粋なノベルティが付いた未来もあったかもしれない。申し訳ない。

 

(2)連絡方法

今回は基本的にTwitter(私の個人アカウント)のDMで行った。ものすごく個人的な理由で恥ずかしい限りなのだが、私が公開しているオタク用のGmailアドレスは普段あまりチェックをしておらず、レスポンスが遅れると思っていたからだ。しかし昨今イーロン某の暴走などによりTwitterくんは挙動がどんどんおかしくなっている。いつ消えてもおかしくないし、健全なつぶやきをしていてもいつ凍結されてもおかしくないこんな世の中なのでメールをメインにした方が安心だったのかもしれない。

ちなみに、原稿の提出と誤脱に関するやり取りについては基本的にメールで行ったのでこの時期はさすがに毎日メールボックスをチェックしていた。そもそも私の意識の問題じゃん。

どこまでもズボラな主催である。

 

(3)誤脱・文法チェックのレベルに関して

前回も書いたが、アンソロを作る上で一番大変だった誤脱チェック。

これに関して、事前に「どのレベルまで指摘して欲しいか」を伺っておくという方法もあったのか……? と思った。当初使う予定だったが諸事情で断念した私の大好きな印刷所さんは、入稿の際に「入稿作業の際本文にミスを見つけたら指摘して良いか」確認をしてくれる。それに倣い、「誤脱文法の誤用すべて指摘して欲しい」「誤脱のみでいい」「全くいらない」など事前に伺うとか……

いや、これはこれで大変か。すみません、思いついたから書いただけです。もし今後アンソロを企画したいという方の中で余力がある方、やってみて私にそっと感想を教えてください。

 

(4)原稿の締め切りの設定について

今回私は入稿のデッドラインの約20日前である11月末を締め切りとして設定した。

レイアウトは事前に考えておけるしこのくらい見ておけば大丈夫だろうと踏んでいた。しかし実際、手術をすることになったり仕事が地味に忙しかったり観たい映画がたくさんあったりして結構ギリギリだった。

また、締め切りを1回のみに設定したが、1次締め切り、2次締め切りなど設定しておく方が寄稿者の精神衛生上よろしかったのかもしれない。この辺は実際寄稿してくださった方にお聞きしてみたいところである。もし読んでくださっていたらご意見をください。

 

(5)連絡が取れない時期の周知

これはやっておいて良かったことだ。9月末頃、私はアイシの好きぴ(筧くん♡)の留学先の空気が吸いたい一心で、1週間ほど渡米した。

ちょうどこの時期デザイナーのぐじまさんと表紙デザインに関するやりとりを行っていたのもあって、万が一この時期に原稿の提出などがあった場合対応が遅れ、不信感を抱かせてしまうのではないかと考え、個人アカウントとアンソロアカウントの両方で「一週間ほどレスポンスが遅れる」という旨お知らせした。

当然スマホは持って行っているし、ネットも接続できるので毎日寝る前にチェックは行っていた為結果的に心配いらなかったと言えばそうなのだが、なんせ急に手術することになるという事件もあった。もしもという時のためにこういったアナウンスをしておいたり、身近な人(オフでの付き合いがある人=私の場合麦さん)に行き先を伝えたりしておくことは大切であると私は感じた。

 

⑳おわりに

色々と書いたが、アンソロジーを企画する際に必要なものは大きく3つあった。

ひとつ、人との繋がり。

ふたつ、揺るがぬ意志。

みっつ、心の拠り所。

ひとつ目は言わずもがな、冷静な判断をしてくれる副主催の麦さんと、主催経験者としてアドバイスしてくれた鰐野さん、尊い寄稿者の皆様、素晴らしいデザインをしてくれたぐじまさん、英語のチェックをしてくれたショウちゃん、情報を拡散してくれた多くの方である。

あまり言いたくはないが、アンソロジーを企画するとなんらかの事情があり連絡が取れなくなるという寄稿者の方も少なくないと聞く。しかし今回は私を含む15人全員が締め切りまでに原稿を提出してくださり、ひとりも欠けることなく発刊することができた。本当に本当にありがたいことである。敢えて「人脈」という言葉を使わなかったのは、なんだか無機質な感じがするのと、このアンソロを通じて出会ったすべての人への敬意を込めてである。

ふたつ目は基本的なことであるが一番大切なことだと思った。主催の考えがブレブレ(※1年前にジャンプに掲載されたアイシ読み切りの略称ではない)では参加者の方を戸惑わせてしまうことになる。色々な人の意見や想いは汲み取りたい。が、それを全部活かすことは、私は神ではないのでできない。何かは諦める必要がある。その何かを決め、「私はこれでいくと決めたんだ」と自分に言い聞かせながら前へ進み続ける。

ある意味かなりリーダーシップが必要になると思った。余談ではあるが私のmbtiは一般的に「キツい」「生まれつきのリーダー」と言われるENTJ(指揮官)である。全く感じなかったが、実は向いてたのかもしれない。

みっつ目はどうだろう。人によるかもしれないが、私は自分のメンタルケアをする上で大事だと思った。私は「テメェの機嫌はテメェで取れ。人に頼るな」と思って生きている。世話焼きなので頼られることは大好きなのだが、仕事においてもプライベートにおいてもメンタルをケアするために他人に頼ろうとは自分からはしない。

でもさすがに厳しいときもあった。そんなときは前回も書いた通り、ルンルンさんの配信を見たり、好きな映画を繰り返し観たり、友達と新しい映画を観てあれこれ話したり、ライブに行ったり、夢小説書いたり、KING OF PRISM -Dramatic PRISM.1-の応援上映に行ったりした。特にKING OF PRISM -Dramatic PRISM.1-にはどれだけ助けられただろう。

11月中に5回は観に行った。すみません余計なことを言いました。

兎にも角にも、「アンソロの主催なんだからずっとアンソロのこと考えてないとだめ!」ということはなく、寧ろ離れる時間も大切にしようということである。主催だってひとりの人間なのだ。自分の人生を楽しまないと良いアンソロジーは出ない。そう私は考える。

 

最後に。私はこの記事を書いて、別に「がんばったね」と言ってほしいわけではないことを理解していただきたい。己の至らなさを省みるためと、アンソロジーが素晴らしいものになったよと皆さんに知らせるために書いている。

私に「がんばったね」という言葉をかける代わりにアンソロジーを手に取ってください。多くの人の想いが乗った、素晴らしいものになっていますから。これは、主催である私が言うのだから間違いないのである。

最後まで読んでくださった方がいるかはわからないが、居たとしたらお読みいただきありがとうございました。皆さんの同人生活に幸あれ。

同人アンソロを初めて出した話②

同人アンソロを初めて出した話① - 海溝

こちらの続きです。

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⑦原稿を受け取る→編集&チェックをする(8月~12月中旬)

結局いちばん嬉しくもあり、いちばん大変なところだったかもしれない。

前回の記事でも書いたとおり、締切は11月末だったが、早い方は参加表明から1ヶ月ほどで(7月末ごろ)提出をしてくださった。

アンソロの主催をやることの中で恐らく1番嬉しいことは、誰よりも早くいただいた原稿を読めることである。

提出される度にまずはデータが問題なく開けるかのチェック、その後大泣きしながら拝読し、時期的に余裕があれば感想を添えて(大変心苦しいが、締切近くに提出された方には一言添えるしかできなかった。ほんとにごめんなさい…)確認した旨連絡をする。

それからこちらの方でおおよその書面レイアウトを決めて、それに原稿をどんどん流し込んでいく。

そしてその後こちらでも目に止まった誤字脱字や不自然なスペースなどをチェックし、確認を取りつつPDF化し、ご本人にも改めて誤脱チェックをしてもらった。

チェックは副主催の麦さんと、夢プチ主催の鰐野さんにもお願いした。

 

さて、ここで悩んだのが「どの程度まで主催が口を出すのか」ということである。

個人誌ならば「ま、これくらい……」ということも、アンソロジーだと話は別である。私だけの本ではなく15人の魂が乗っている本なのだ。

完璧、とは言わずとも、せめて「私なりのベスト」は尽くさねばならない。そのためには綿密な誤脱チェック、文法チェックは必須であった。ちなみに私は同人誌を作る上でこの作業が最も苦手である。

明らかな誤脱は指摘しやすい。が、日本語的な問題(~たり~たりの誤用、会話以外のら抜き言葉など)は伝え方によってはご本人を傷つける可能性がある。

そこでアンソロ主催の先輩である鰐野さんには何度か通話やDMで相談に乗っていただいた。

お話する中で気づいたが、これに関しては結局自分次第なのだ。どこまでこだわるのか、その代わり何を諦めるのかを自分の中で決めておかなければならない。

私は【その人の文章の良さは絶対に活かす】というスローガンを掲げつつ、改めて自分の中での拘りたいポイントや基準を書き出し、それに則ってチェックをした。

そして引っかかった点については逐一確認を取った。多い方は10往復ほどメールのやり取りをさせていただいたと思う。

確認をする際に気をつけたのは、あくまでも「ここ間違ってます」ではなく「ここは~と書かれていますが、文法的には~という方が正しいです。いかがされますか?」と、提案&最終的にはご本人の意向に沿うというスタンスで居ることだった。

本当に重箱の隅をつつくようなことばかり言っていたと思う。不快な思いをした方も居たと思う。が、もうこの際参加者全員から嫌われてもいい。自分の決めたことに最後まで従おう……と強く心に決めていたので折れることは無かった。

正直メンタルは終わっていたし胃はずっと痛かった。だが揺るがないことこそが恐らく「良いアンソロジー」を作る上で重要なのだろう。

私は好きな映画をひたすら流したり、ルンルンさんの配信を流したりしつつこの修羅場を乗り越えていた。編集作業をする2週間ほどの間、プラダを着た悪魔とメリーポピンズを10回は観たと思うし、自分のことをおメンダコさんと名乗り始めた。

 

⑧掲載順を決める

これもそこそこ頭を悩ませた。

「一般的に掲載順ってどーやって決めんのよ?」と思ってTwitterやネットで検索しまくった。

しかし当然ながら提出順、名前順、主催のさじ加減などなど様々なものがあったので参考にはならなかった。

結局私は「最初から最後までワクワクしながら読んでほしい」という願いのもと、お相手の所属する学校と行事がなるべく連続しないこと、作品のテイストがなるべく被らないことに配慮しつつ決めた。

マンモス幼稚園で教諭をしていた頃、毎年クラス編成を決める際になかなか決まらず毎日夜10時くらいまでサービス残業していたが、正直その時と同じくらい大変だった。

 

⑨入稿をする

さて、表紙は用意できた。扉も。本文も今の私のベストを尽くした。

最終的な確認をしていざ……! というとき事件が起こる。以前から抱えていた足の腫瘍が腫れ上がり、緊急手術をすることになったのだ。

幸い手術は日帰りで終わり、腫瘍も良性であるとのことでどうにかこうにか入稿をすることができた。本当に人生なにがあるかわからない。

この時改めて「主催が倒れたら全て終わる」怖さを味わった。

 

⑩サンプルを作る&告知をしまくる

入稿も終わり、あとは印刷所にまかせるのみ。と思ったら大間違い。ここからはPR活動に入る。

アンソロジーの発刊作業は大きく分けて3つのセクションに分かれている。

1つ目は企画、2つ目は制作進行、3つ目は広報活動だ。

以前仕事で公式Twitterの中の人をやっていたことがあるのだが、そのときのノウハウはほとんど活かせなかった。代わりにアンソロのアカウントをフォローしてくださっている皆さんがRTを手伝ってくれたのが一番のPRになったと思う。

そしてサンプル選定に関しても悩みどころはあった。

私は当初、執筆者の方にサンプルとして掲載して良い箇所を決めていただこうと思っていたのだが、副主催の麦さんに相談したところ「原稿から解放されてホッとしてんのにわざわざ選ばすのか……? と思われる可能性がある」とアドバイスをもらった。この時点でイベントの約ひと月前。個人誌の新刊を出す方にとっては修羅場の時期だった。

確かに……と考え、結局私は「こちらでサンプルの箇所を選びますが、もし自分で選びたいという方は事前に教えてくださいね。もし私が選んだとこが気に入らなかった場合は後で相談させてください」とアナウンスをした。結果、全員が私に選定を一任し、私の選んだ箇所でOKとのことだった。

サンプルの選定箇所は「なるべくお相手と会話をしているシーン」「私(主催)が好きなシーン」にした。地の文の美しさもアピールしたいが、夢小説はやはりお相手あっての創作物である。だから、お相手がなるべく喋っているところが良いなと思った。

サンプルを流す時期だが、私はイベントの1ヶ月前に最後のサンプルが上がるように調整をした。その方が「これらの素敵なお話が読めるアンソロは1ヶ月後に頒布します!」的な告知ができると考えたからだ。が、振り返れば正直いつでもいいと思う。遅すぎず早すぎず……という意味では良かったのかもしれない。

また、サンプル画像を流す際、個人的な趣味で各お話にキャッチコピー的なのを付けて流した。私がそれぞれのお話から抱いたイメージを言葉にして添えた。クレームがくるかも……とドキドキしたが楽しんでいただけたようで安心した。

色んな根回しに関しては杜撰なくせに、変なところで拘るタイプのオタクである。

 

⑪スペース通知&ポスターを作る(12月下旬)

当初、ポスターは作らないつもりだった。めんどくさかったからだ。

イベントの約1ヶ月前、イベントのスペースが発表された。開けてびっくり。なんとお誕生日席だったのだ。

長い同人歴だがお誕生日席なんて座ったことがない。しかし座るのならばやはり目立たせる必要があるか……? と思い至り、入稿も終わってすっかり気がぬけていたが製作を始めた。

印刷所を決め、データをつくる。もうお解りかもしれないが、私は字書きなので画像編集スキルが著しく低い。だが扉絵も表紙も神に作ってもらったのだからこのくらいは自分でやりたかった。

そして誕生したのがこちらである。

なんか乙女ゲームのパケっぽい……!?

 

ということをとりあえず麦さんに伝えた。

ほう? つまり…………

…………こういうこと?

完全に悪乗りをした。ちなみにこの作業をしていたのは年末の帰省中。実家のリビングである。

こうしてポスターは完成し、年内に入稿を終えた。

 

⑫献本&お礼の準備をする(12月~1月中旬)

さて、年も明けていよいよイベントが見えてきた。そろそろ献本に向けて準備を進めなければならない。

ここでもまたアンソロ主催経験者の鰐野さんに相談に乗ってもらった。

現地手渡し、郵送(クリックポスト)のほかに匿名発送も選択肢に入れるべきかと思っていたので、匿名発送サービスについてご教授いただけたのは大変ありがたかった。ちなみに匿名発送はpictSPACEを利用した。

pictspace.net

まずDMにて現地手渡しか郵送かお伺いを立て、匿名を希望する場合は別途教えてくださいと伝えた。

今回は現地で手渡しできる方の方が多かった。直接お礼が言えるのはやはり嬉しかった。郵送した方の中にも急遽イベントに来られることになり、わざわざスペースまで来て下さった方もいたが、この辺は次回の記事で詳しく書かせていただきたいと考えている。

 

そしてお渡しするものだが、私はアンソロジーの他に①ささやかなお礼の品②感想とお礼を綴ったお手紙を同封することに決めた。

募集概要には献本のみと書いたが、やはりお世話になったしご迷惑もおかけしたので少しにはなるが、何かしらのお礼の品は渡したいと思った。

手紙は手書きでひとりひとりに書いた。字に自信はないが、やはり手書きの方が気持ちが伝わると考えた。古い人間でごめんなさい。

 

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③に続く(coming soon…)

同人アンソロを初めて出した話①

2024年春、私はある決意をした。「アイシールド21の夢小説アンソロジーを出す」と。

これは同人女としての経験はそこそこあれど、アンソロの主催はやったことがなかった私が実際に主催をやってみて感じたことや難しかったこと、こうすればよかったのか……?という出口の見えないことをつらつら書いた記録である。

どれくらいの方が読んでくださるかはわからないが、個人的な意見を多く含むため、あまり参考にならないかもしれないので軽い読み物として読んでいただきたい。

なお、記憶があやふやな部分があるのと、若干時系列が前後してしまう箇所がある点はご了承いただきたい。

 

◎自ジャンルのことなど~企画するまでに

まず今回アンソロを出そうと思ったジャンルと私の同人スキルについて書いておく。

・15年ほど前に完結している漫画だが、最近公式から新刊が出る、数回POP UPの開催などの動きがあった。

・完結後しばらく経つわりに(※私の体感として)ジャンル人口は多い気がする。

・夢を書いて現在進行形で作品を発表している方はフォロワーに5,6名程度。※企画した段階の話

・私がこのジャンルに来たのは3年前。同ジャンルでイベントに参加し始めたのは2024年1月。

・それ以前はオンライン(個人サイト・Twitter)で活動。同人誌は十年ほど前に居たジャンルで作ったことがあり、寄稿の経験もある。

 

夢を書いている人口は少ないように思えるが、初めて参加したイベントで自分の本を手に取ってくれる人が予想外に多かったことや、ありがたいことに事後通販でも多数注文が入ったことなどから、「もしかしたら探せば夢を書く人はもっといるのか……?」「昔書いていたけど離れてしまった人も多いのか……?」などと推測。

とりあえず「出したい」という気持ちはあったので、まずは2024年4月、Twitterでアンケートをとることにした。

具体的な内容と結果についてはこちら。

アイシ夢アンソロ企画アンケート 結果 - 海溝

 

フォロワーの皆様、またたまたまこれを見かけた人など予想以上に多くの方に回答していただけたこと、「参加してみたい」と回答された方が多かったことなどから私はやらない後悔よりやる後悔を選ぶことをふんわり決意。

その後「やってくださいよ~」「寄稿しますよ~」というフォロワーさんたちの言葉を信じつつ、1~2ヶ月ほど募集要項や具体的な発刊時期、スケジュールを検討し始めた。

この頃の私の検索履歴は「アンソロ 主催」ばかりだった。

 

①企画概要の告知と執筆者募集(2024年6月初旬~8月初旬)

自分の仕事のスケジュール、予算などの目途が立ったのでまずは発刊の告知に向けた準備をする。

発刊予定のイベントはジャンルオンリーが開催される1月26日に決定。その他のざっくりしたスケジュールは以下の通り。

6/8 告知・募集開始
8/4 参加表明締め切り
11/30 原稿提出締め切り
1/26 発行予定

告知から発刊までおよそ7ヶ月半。初めてにしてはややタイトか……?とも思ったが

・十数年ぶりの新刊が7月に出ること

・それを受けて恐らくまだまだ盛り上がり続けるであろうこと

・告知から発刊まで長すぎると逆に自分のモチベーションを保てるか不安だったこと

・年末年始の休み中に色んな事務作業ができること

などの理由から決定。執筆者は参加人数の上限をあらかじめ主催含めて10名(あまりの反響の多さにのちに15名へ引き上げとなる)と決めた上で完全公募制にすることにした。

上限を決めたのは予算の問題と、初めての主催なので仮に応募が殺到してしまった場合自分が対処しきれる自信がなかったから。より多くの人に参加して欲しいけど、舵を取り切れず沈んでしまったら元も子もない。ここら辺に関しては決めておいて良かったなあと個人的には思う。無理なことは無理、とすぐに妥協することは今後の作業に於いても重要なことだった。

 

概要はPrivatter+にて作成し、ひとまず自分が一番信頼しており、付き合いの長いフォロワー(副主催の麦さん)に見てもらう。

その後通話でアンソロのテーマを『学校行事』に決定し、Twitterのアンソロアカウントを取得→告知。

概要はこちら

アイシールド21 夢小説の非公式アンソロジー企画 | Privatter+

 

概要を考える上で私が気を付けたのは、『あまりオフラインでの活動に親しみがない方も気軽に参加できるかどうか』だった。

フォロワーさんの中にはwebのみで活動されている方が多く、寧ろ私のようにイベントに夢本を持っていくのは少数派。「同人誌出したことないし……」「アンソロの寄稿とか経験ないし……」という「未経験」を理由に参加表明を渋って欲しくなかった。

なので原稿データはテンプレなどは作成せず、こちらで送っていただいたテキストデータを編集するというスタイルにした。

小説を本にする上でのルールにあまり親しみがない方も居る可能性を考慮し、概要には「三点リーダーは二個セットで」など細かい注意書きは多めに入れさせていただいた。

 

なお、余談ではあるが、今回は女夢主限定のアンソロとした。別に私が男夢主を否定したり拒絶したりしているわけではない。あまり手広くしすぎるとアンソロ自体に統一感が生まれないかもしれないこと、手に取ってくださる方、執筆してくださる方の中には苦手な方がいるかもしれないことなどを考えた上で、致し方なく限定させていただいた。

これは夢小説アンソロを出すときに皆さん悩まれることなのではなかろうか……と個人的には感じている。

 

ひとりも参加してくれなかったらどうしよう……と思っていたが、フォロワーさんたちが拡散してくださったおかげで告知から1日で当初の上限の10名が見えてきた為、ここで募集人数の上限を15名に引き上げる。

手を上げてくださった方はフォロワーさんも居たが、現在は他ジャンルにいる方だったり、今は絵を描いているが夢は昔書いていたという方だったり様々だった。

たった1日で……!?と副主催の麦さんと一緒にビビり散らかしていたのを覚えている。

もちろん中にはご辞退される方もいらっしゃったが、それでも設定していた締め切りを待たずに上限の15名に達した。

まだ募集をしていた7月下旬、アイシのオンリーイベントにサークル参加していたのだが、立ち寄っていただいた方々に「楽しみにしてます」と言われてとても元気が出た。その節はありがとうございました!

 

②タイトル公募

さて、いよいよ企画が動き出したものの、ひとつ問題を抱えていた。

 

タイトルがまったく浮かばないのだ。

 

私はとにかくタイトルを考えるのが苦手であり、個人誌を出す時も壁に頭を打ち付けてアイデアを出す人間である。今回はアンソロジーなので、私のクソダサセンスですべてを台無しにしてしまう可能性もある……と考えたとき、あるひとつの案が閃いた。

「公募にしちゃおう☆」と。

副主催の麦さんにも相談をし、Googleフォームでアンケートをとった。

一週間ほど募った結果、なんと13案も集まった。その後13案の中から好きな物を5つ選んでもらう形で投票を行った。

とにかく告知アカウントで毎日のように募集しまくった結果、多くの回答をいただき、多数決でタイトルが『スクールヤード、ゲイン!』に決定。発表はアンソロを発刊するイベントの日に夢プチオンリーを主催してくださる鰐野さんをゲストに呼ぶかたちでスペースで行った。

みなさんの反応が暖かくて嬉しかったし、「困ったときは躊躇わず人を頼る」ことが大切だと学んだ。

 

③アンソロ発刊関連企画『アイシ夢語り』(8月上旬~下旬)

これに関してはイレギュラー中のイレギュラーだとは思うが、私としてはアンソロジーを盛り上げるために行った必要な事だと思ったので記録しておく。

 

事の発端はアンソロの企画を発足させた頃。私のTwitterの個人アカウントで行っていた雑談スペースに遊びに来てくれたフォロワーさん(アンソロの参加者)が「せっかく色々な経歴を辿ってきた人達が集まるのだから、みんなのジャンル愛や夢への愛を語ったり聞いたりする場が欲しい」と仰っているのを聞いたこと。

その方の言う通り、今回公募で集まったのはそもそもフォロワー以外の方も多く居た。さらに私のようにイベントで夢本を頒布している人ばかりではなく、同ジャンル内に居ても普段はカップリングを愛でている人だったり、全く違うジャンルで同人活動をされている人だったり……

皆さん夢小説とアイシが好きで名乗りを上げてくださったことに違いは無いのだが、自分としても参加者様の人となりのようなものは知りたいし、その方がもしかすると今後一緒に本を作っていく中で物事が円滑に進むのではないかと考えた。

 

そこで学生時代、深夜ラジオを夜な夜な聞いており、上手い下手は別として喋りに全く抵抗がない私は「喋ってもいいよ」という参加者を募り、おひとりおひとりと1時間~1.5時間ほどの対談形式でスペースを行った。

夢小説と出会ったきっかけ、ジャンルにハマったきっかけ、書き始めたきっかけ、サイト運営歴など……インタビュー内容は事前にGoogleフォームでご回答いただき、それを元に話を聞く形をとった。

各回は録音しており、まとめているので興味のある方は聞いていただきたい。

min.togetter.com

この夢語り、正直かなり大変であった。参加者の方と私のスケジュールを合わせ、回答していただいたアンケートを読み込み、どこを深く掘ったらリスナーの方に面白いと思ってもらえるかなどなど……

大変ではあったが、私なりに出来る限り頑張った結果、参加者の方の考え方や作品・キャラクターへの情熱がわかり、親近感も湧いた。

聴いていてくださった方からも「共感しました」「夢小説ってあんまり読んでこなかったけど気になり始めました」など色々な感想をいただけたので、私のモチベーションを保つという点ではかなり重要なものだったかもしれない。

 

④表紙デザインを依頼する(8月下旬~12月中旬)

アンソロジーの顔とも言える表紙。私は字書きのため、いつも個人誌の表紙は適当にパパッと作るか副主催の麦さんに泣きついて描いていただいていたりする。が、今回は15名の命が乗った一大プロジェクトである。

これは装丁やデザインにもこだわりたい……と思い、私のリアルのお友達であり、過去に何度か私の同人誌のデザインも担当してくれたぐじまさん(推しから預かったプレゼントお渡し会をした話・前編 - 海溝)に依頼をした。

 

デザインを頼むにあたり、どういう本にしたいのか自分なりに考えた。

ネットの海の中からあらゆる同人誌を探したり、本のイメージを書き出したり……

そのうちトレーシングペーパーカバー+カラー表紙の組み合わせの同人誌と出会い「これだ!」と思い、希望としてぐじまさんに伝える。

その他サイズや具体的な入稿日の目安、背幅が確定する時期(参加者の原稿締め切り)などを伝え、あとは神を信じ待った。おんぶにだっこにもほどがある。

 

そして11月末、ぐじまさんから初稿が送られてきた。

天才……?

(※寄稿者欄は気にしてはいけない)

テーマは「宝物のような青春」「教室の窓」とのこと。窓枠の中を透かしたいということと、私が作業の傍ら色々調べたり即売会に来ている印刷所のブースをまわる中、トレぺではなくもっと丈夫な素材であるNTパイルという紙があることを知ったので、それを使用したいという旨を伝えた。

その後調整を重ねてもらい、最終的に仕上がったのがこちら。

 

か、かわいいーーーーーー♡

その他、表紙に載っているAIが考えた英文が文法的に間違っていないかのチェックを共通の友人のショウちゃん(推しから預かったプレゼントお渡し会をした話・前編 - 海溝)にしていただく、印刷所さんに伝えるべきことの確認などを行った。

 

⑤扉絵を依頼する(11月下旬)

表紙は依頼した。じゃあ私は扉でもつくるか……と画像編集ソフトをカチカチしたり素材をDLしたりしてみたが、やはりセンスが壊滅的にないことが浮き彫りになるばかり。

この時点で原稿の締め切りが数日後に迫っていた。

どうするか……と思っていたとき、副主催の麦さんから原稿が提出される。これはもう相談に乗ってもらうしかない!と腹をくくり、扉絵のデザインを恐る恐る依頼。

因みに入稿予定日まで20日程度である。え、大馬鹿者?

控えめに言って本当に大馬鹿者だったが、ぐじまさんから送られてきた表紙デザインを見た麦さんは「いいよ~いくつか案出すね~」と軽く受けてくれ、数日後に7案のデザインが送ってくれた。化け物かと思った。

その後相談をしてデザイン決定→入稿日の数日前に無事にデータをいただいた。

マジでありがとうございました……っ

 

⑥あとがきに掲載する情報の確認(10月下旬)

自分の原稿やら紙面レイアウトの調整やら締め切りを待たずして届き始めた原稿のチェックやら少しずつ作業を進める中、原稿の締め切りの1.5ヶ月ほど前、あとがきに掲載する情報を確認した。

参加者の中には前もって「Twitterのアカウント名は伏せて欲しい」と伝えてくださっていた方もいらしたが、その他にも居る可能性があると思ったのと、個人サイトやpixivのアカウントを載せたいと思う人も居るはずだと思ったので。

こちらはGoogleフォームでご回答いただいた。

私はこのタイミングで確認したけれど、これは参加表明の段階で聞いておいてもよかった情報だったかもしれない。不慣れなところが露呈してしまった出来事だった。反省。

 

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②に続く(coming soon…)

アイシ夢アンソロ企画アンケート 結果

「無いなら出す(書く)」という言葉をご存知でしょうか。私がたった今考えた言葉です。

令和4年夏に突然アイシールド21にハマり2年弱。色々な形で同人活動をしてきましたが、ふと「いろんな人が書いた夢、読みたくね?」という願望が生まれ、同志が居そうで予算面がどうにかなればやったるか……!と、とりあえずアンケートを取らせていただきました。

募集期間は2024年4月2日~4月7日17時までと限られていましたが、最終的に28人もの方にご回答いただけて嬉しいのを通り越してひたすらに驚きました。正直ご協力いただけて10人くらいかな?とか思ってたので。

皆さまお忙しい中謎のアンケにお答えいただき本当にありがとうございます。アイシ界隈の人類やさしすぎる。

 

さてさて、前置きはこの辺にしておいて、以下結果をお知らせします。

 

1.現在夢関連の同人活動(ジャンル不問)をされていますか。該当するものすべてにチェックをお願いします。

ネット上あるいは本の頒布など、1年以内になんらかの活動をしているという回答が8割という結果になりました。夢書きさん向けのアンケなのでそりゃそうかという話ではありますが。

 

2.前の質問で「していない」にチェックを入れた方のみご回答ください。過去に夢関連の同人活動をされていたことがありますか。

過去も今も完全に「ない」という方を過去には何らかの形で行っていた方が上回るという結果に。(回答数が前の質問と合わなかったので、多少の誤差はあると思います。設問がわかり辛くて申し訳ないです)

「ない」とお答えいただいた方…夢やったことないのに母数増やすためにご協力いただいた感じですかね?ありがとうございます。

 

3.1個目の質問で「している」に1つ以上チェックを入れた方のみご回答ください

作品の種類はどれですか。該当するものすべてにチェックをお願いします。

圧倒的に小説!!と予測していたのですが意外と(?)絵や漫画を描かれている方もいらっしゃいました。

私が初めて夢小説に出会ったのは20数年前になりますが、夢といえば小説!だったあの頃に比べると絵や漫画を描かれる方は確かに増えた印象があります。夢界隈も多様性の時代。色々な表現が選択されるようになりましたよね。好い時代だ~(しみじみ)

 

4.アイシで同人活動をしたことがありますか

「ある」が多くて嬉しいです(小並感)

自分のTLでだけ人気なのでは?と疑いたくなるときもありますが、数字になると理解しやすくなる分嬉しさも倍増ですね。

 

5.アイシ夢アンソロが企画されたら参加してみたいですか

一番知りたかったやつです。

絶対したい&条件次第で参加したいが8割以上を占めていて…あの…ほんとにこのアンケ取ってみてよかったなと…

もちろん条件次第ではあることは百も承知なのですが、アイシの夢を書いてみたいと思われている方がこれだけいらっしゃるとは。

「したくないが頒布されれば読みたい」「したくない」にご回答いただいた方もご協力いただきありがとうございました。

 

6.ひとつ前の質問で「したくない」「したくないが頒布されれば読みたい」以外にチェックをした方のみご回答ください。参加する場合、どんな作品で参加したいですか

やはり小説が多いですね。最初は夢“小説”アンソロという形をイメージしていましたが、一般的なアンソロジーでも絵・漫画や小説が混在している物が多いので、いずれの形式もOKにするのも面白そうだと思います(この辺は私の編集作業に余裕があるかどうかだな…)

あとは夢漫画・夢絵だと夢主の顔を出すか出さないか問題というセンシティブな問題も発生してくるので、この辺の落としどころを決めるのがやや難航しそうですね。色々な考え方があります故。

そしてその他で面白い回答をひとついただきました!

・「アクセサリーとかキャラとお揃い風のアクセサリーとか…」

す、素敵~~!お揃いの、というのが夢ならではの発想で最高ですね!

ノベルティとか、或いはテーマにもよりますがインスピレーションを受けて作ったアクセサリーとか並べて頒布したらおもしろそう…

 

7.個人でオフ本を出したことがありますか

まず、こちらの設問、最初流したときにダブってしまっていて申し訳ありませんでした…

何人かお答えいただいていたあとに途中からひとつ設問を削除したので正確な数ではないかもしれませんが、なんらかの形で「ある」方が7割以上のようですね。

本にするとき絶対に立ちはだかる「原稿にする」問題がありますので、参考までに今回お聞きしました。勿論、「ない」方もサポートできるような体制をとるつもりです。やるなら…(※まだ決まっていない)

 

8.何かご質問やご意見等ありましたらどうぞ

こちら、多くの方から嬉しいメッセージを多数いただきました~!ありがとうございます!

記名有りの方で繋がっている方には個々にメッセージを返させていただいたので、こちらでは匿名でコメントをくださった方にのみ返信させていただきます。ご了承ください。

 

・色んな方がかかれるアイシ夢が読みたい一心です!本の形も勿論ですが、Webアンソロの形も読む側のハードルが低くいので色んな方に読んでいただけて良いかもと思いました…!発刊される際にはどんな形であれ拝読したいです!

う、webアンソロという発想がなかったので目から鱗でした……!確かにwebアンソロならばハードルはぐっっっと下がりますよね!本にはしたいけどせっかくやるからには色々な方に読んで欲しいという気持ちはあるので、webアンソロ⇒参加者にのみ献本みたいな昔よく見た形でも良いのかなとチラッと考えました。貴重なご意見ありがとうございました。

 

・回答する欄が間違ってたらすみません…ものすごーく昔に個人サイトで栗田夢を書いて途中で止まっているという吹けば飛ぶような夢経歴ですが、もしスケジュールが合えばぜひとも参加させて頂きたいです。

それはもう十分すぎる経歴ですよ… 昔から活動されている方にコメントいただけて嬉しいです。もし企画が立ち上がりましたらご参加いただけると喜びます!

 

・絶対したいに21回チェックしました!!

声出して笑っちゃった。ありがとうございます!(×21回)

 

・出せるかわかりませんが、出たい気持ちはあります!

私も企画できるかわかりませんが出したい気持ちはあるので一緒にがんばりませんか?

 

・以前の夢アンソロを楽しく読ませて頂いたので昔小説書いていた時の気持ちを思い出しました〜 機会が文字を書きたいなと思います

私も過去に出されたアイシ夢アンソロや他ジャンルの夢アンソロをいくつか拝読しましたがワクワクしますよねー 御縁がありましたら是非ご参加いただきたいです!

 

・おゆさんのTwitterいつも見てます。ずっとアイシールド21を推してる姿が素敵で大好きです。これからも影ながら応援しています。

ええ!?ありがとうございます!?応援とても励みになります嬉しいです~!!

 

・アイシールド21がとても好きで今回アンケートだけでもと答えさせていただきました。思わず自分が作るなら…と色々想像できて楽しいアンケートでした。お忙しいとは思いますがお身体お心ご自愛ください。

楽しくご回答いただけたようでよかったです♡こちらこそ貴重なお時間をいただきましてありがとうございましたー!

 

最後に

重ね重ねになりますが、この度ご回答やRTなどご協力いただいたすべての方に感謝申し上げます。ありがとうございました。

カジュアルな気持ちでとったアンケでしたが思いのほか「やってみたい!」というご意見を賜り…あの…ちょっと前向きに企画を検討してみてもよろしいでしょうか…?

つきましては開催時期やテーマなどもう少し踏み込んだ設問を交えたアンケを近いうちに取ろうかなと考えていますので、その際にはまたご協力いただけますと嬉しいです。

それでは皆様、引き続きよき夢ライフを~

推しから預かったプレゼントお渡し会をした話・後編

前回までのあらすじはこちら。

hotwater16g.hateblo.jp

 

 

第3話:「返って来たお年玉」

続いてのプレゼンターはよーこ氏。ショウ氏から受け取ったシートはこちら。

よーこ「物を贈るイメージがないって聞いて死ぬほど迷った」

ショウ「それなんよなあ」

よーこ「でもポイントとなったのが設定の『推しが弟の友達』ってとこで。当時お年玉をあげたりしてたんじゃないかと思いまして。数年ぶりに再会したとき『そういや昔お年玉もらったよな?やるわ』と言いながら成長した彼が手渡してきたのがこちらです」

お年玉ー--------!!?

の、袋の中に入っていたのが推しモチーフのアクセサリー。

よーこ「あんま物を上げるイメージがないって言ったからお金使わないと思って、スリコのやつなんだけど…」

ショウ「予算設定まで解釈一致」

よーこ「で、予算がめちゃくちゃ余ったのでここからは私がショウちゃんの同僚という設定になり、『最近遅くまで頑張ってる同僚に贈るクリスマスプレゼント』を渡します」

ショウ「同僚?……私の推しと面識ある?隠れて付き合ったりしとらんよね?」

推しへの愛情が深すぎるあまり疑り深くなるオタク。

ハンドケアセットと湯たんぽ。これは普通に疲れた女にはありがたい。

お金をかけたがらないキャラが何を贈るか……

難易度の高いミッションだったと思うが上手い事投げられた設定を生かしたオタクすごい。

 

第4話:「オタクが一番好きな紙ってなーんだ?」

4人目のプレゼンターはぐじま氏。私が送ったシートがこちら。

私が今年になってハマったジャンルが偶々ぐじま氏が昔履修したジャンルであるということもあり、情報は最低限にとどめました(信頼故)。

 

ぐりこ「この子さ、アニメより原作の方が顔が良いよな」

ぐじま「そんなおゆちゃんの推しは今アメリカに留学中なんですが、実は一時的に帰国をしておりまして」

おゆ「何故私に言わなかったんだー---ッ!?!?」

出た、厄介なオタク。

ぐじま「時期的にサプライズでクリスマスプレゼントを贈ろうと思ったんですが、色々あり会えぬまま急に帰国せざるを得ず。彼の高校時代のダチである〇〇くんに買ったものを託し、更に〇〇くんの大学の友人である私が『渡しといて』と頼まれたのでおゆちゃんに今日プレゼントを渡します」

おゆ「私の知らぬところでそんな複雑なやり取りが行われとったん?」

そんなんもう宅配で送れや…

ショウ「大丈夫?ぐじま、おゆちゃんに隠れて彼と付き合っとらん?」

ぐじま「wwwwwwwwwwwwwwwww」

いやだから疑うな。

 

ぐじま「さて、そんな忙しい彼が選んだのがこちらです」

アヴェダのパドルブラシ…………!

偶然にも私が半年ほど買うか買わぬか悩み続けていたブラシでした。いや普通に嬉しいが?

ぐじま「そして、今回無配ペーパーを刷りました」

おゆ「ペーwwwwwwwパーwwwwwwwwwwwwwwwwww」

嬉しさのあまりベッドから転げ落ち熟読する私。

オタク、この世で一番無配ペーパーが好きですからね。

ブラシを選ぶまでのエピが描かれたぐじま神による無配に無事殺された。

てか夢本刷る奴と言い無配用意する奴と言い、これ同人誌即売会やったっけ?

 

第5話:「消されたメッセージ」

最後のプレゼンターはぐりこ氏。ぐじま氏から貰ったシートはこちら。

これまた熱量がヤバい。オタクほんまに推しのこと語ったり書いたりするの好きよな。

ぐりこ氏もぐじま氏の推しについてはよく知っていたそうです。

ぐりこ「この設定がええよね。再会した年上のお姉さんっていう……」

ぐじま「そう。あとショウちゃんの時と同じく、特別付き合っていないってのがポイント」

友達以上恋人未満みたいな時期が最高に楽しかったりするもんな(理解)

 

ぐりこ「そんな『気になる年上のお姉さん』にニューヨーカーな彼が贈るものといえばやはり、いかにもなグッズかと思いまして……」

ニューヨーカー(解釈一致の音)

なんでいかにもなクリスマス飾りってこんなテンション上がるんやろ。

そして続いてはこちら。

ホットサンドメーカー。アメリカのご家庭に絶対あるやつ!

ぐじま氏も大喜び。

ぐりこ「そしてまあニューヨーカーなので、当然クリスマスカードも預かってます」

ぐじま「…………は?」

ぐじま「待って、待って?」

え、死んだ?

読んだ瞬間あらぶるオタク。

中身がこちら。

ぐじま「一回書いて消してあるんじゃけど………!?」

いーや確かにこれは荒ぶるわ。

年上のお姉さんへの想いを書こうとしたけど「なんか違う…」と思って消し、そのまま下にシンプルなコメントを書いちゃうの可愛すぎん?

演出が憎すぎる。天才が居た。

 

まとめ

いかがだったでしょうか。こういった試みをするのは我々は2度目ですが、やはり何度やっても楽しい。

自分の推しへの愛を再認識できるし、知らないキャラや人物と友人の関係性についてあれこれ考えまくるのも楽しく、そこからまた新たなインスピレーションを得ることもあり、正直得しかしない企画なので、皆様もぜひお友達とやってみてください。

同じジャンルの友人とやるのも楽しいが、未知ジャンルでやるのも楽しいです。

我々は「絶対来年もやろうな……」「来年は同じ推しで『付き合って2年目』って設定縛りにする?」と早速来年の話を始めました。

それでは来年もまた元気な夢女でありましょう。皆様よいお年を……

推しから預かったプレゼントお渡し会をした話・前編

皆さん、今日も元気に妄想してますか?

生きているとしんどい現実に殺されがちですが、そんな中この度またしてもとち狂った会を企画し開催してまいりましたので纏めます。めちゃくそ楽しかった。

尚、毎度のことながらいわゆる夢要素しかない記事になりますので、理解の無い方は見なかったことにしてください。

また、それぞれの推しのジャンルやキャラクター名はそれとなく伏せております。「あの人かな…?」と思っても気づかないフリをしてね!

 

 

 

参加者

おゆ:夢女歴20年。字書き。推しが作品の完結後海外に行きがち。

ぐりこ:古の絵を描くオタク。推しが悲しい運命を辿りがち。

ぐじま:子育てをしながら絵を描く偉いオタク。ホビアニが好き。

よーこ:好きなタイプは顔の良い男。顔の良い男のためなら何でもするオタク。

ショウ:二次元ジャンルも好きだが歴代推しは全員次元が2.5以上のオタク。

 

互いにメインで推しているジャンルは微妙に掠ってるようで掠ってなかったり、かと思えばがっつり被ってたり、稀に「あ、私10数年前にそのジャンル通ったよ!同人活動もやってた」という事があったりなかったりするという、言わば各ジャンルから集まったやべー集団です。

実は2年前にも奇跡的に被った某ジャンルでそれぞれの推しから(預かった)プレゼントお渡し会を開催したのですが、昨年は参加者たちの人生の都合で開催できず、この度2年ぶりの開催となりました。

 

ルールと流れ

1.それぞれ「この人物(キャラ)からプレゼントを貰いたい」と決める。

2.カウンセリングシートを記入する。

3.くじ引きをし、当たった人のカウンセリングシートを受け取る。

4.予算4000円(多少はみ出しても可)で推しからのプレゼントを用意する。

5.当日預かって来た体で相手に渡す。

 

前回は全員が同じジャンルにハマっており、口頭で推しの名を伝えるだけであとはお任せ!で済んだのですが、今回は『もしかすると全く知らないジャンルのキャラからプレゼントを預からないといけないかもしれない…』という可能性があったため、「私の推しはこんな子です」「作品の世界観はこうで…」「私と推しの関係はこんな設定で…」という情報を記載するカウンセリングシートを作成しました。

各自記載し、運命のくじ引きが行われた結果、

おゆ→ぐりこ

ぐりこ→ぐじま

ぐじま→おゆ

よーこ→ショウ

ショウ→よーこ

(左が贈る人、右が貰う人)

という結果に。それぞれが用意したシートを受け取り、約半月の準備期間を経て当日を迎えました。

 

宴の始まり

13時。都内某所のレンタルルームにてスタート。クリスマス会を兼ねていたので買ってきた総菜やケーキを食べつつ過ごしました。

そして腹も満たされた14時半、遂に執り行われたお渡し会。

お渡しする順番はあみだくじで決定しました。

 

第1話:「付き合って間もない若手俳優から貰う温もり」

トッププレゼンターはショウ氏。よーこ氏から受け取ったカウンセリングシートはこちら。

よーこ氏の推しは三次元。以前よーこ氏から写真集を押し付けられた頂いた以外の知識を持たぬショウ氏はカウンセリングシートを受け取った後、自分で彼のプロフィールを徹底的に調べ上げたそうです。本気。

そして“彼の所属する事務所の関係者”という設定の人間として預かって来たプレゼントがこちら。

ショウ「どうしてもおうちデートが多くなるのでおうちで使える物が良いかと……」

ジェラピケのしあわせなスリッパ……(と、彼の好きな色のタオル)

喜びを嚙みしめるよーこ氏。

ショウ「そしてここで、最近なかなか忙しくて会えない彼から預かって来たメッセージを代読させていただきたいと思います」

一同「!?!?!!??」

これ何?結婚披露宴なの?

彼からの暖かいメッセージにリアルに口元を覆うオタクの図。悶えるギャラリー。

かわいい自作クリスマスカードのおまけ付きでした。

初っ端からオタクの本気を見せられ、当事者もギャラリーも一気に盛り上がる。楽しすぎんか?

てか室温10度くらい上がった?

 

第2話:「死んだ推しと私の思い出について」

さて続いてのプレゼンターは私(おゆ)。ぐりこ氏から受け取った熱量やばめのシートがこちら。

論文……?

字の量多すぎてぼかしが雑になってしまったが察してほしい。

今回は少しイレギュラーで、厳密に言うと推しからのプレゼントではなく、「死んだ推しとの思い出から生成された、彼の概念アイテム」を贈るということに。

ぐりこ「私の推し、死にがちでさあ……死人からプレゼント貰うわけにもいかんから特殊な設定にしたわ」

私も推しが海の向こうに行きがちなのでその気持ちわかるぞ。

それだけでなく、私自身しても思い入れのあるジャンルのキャラを指定された為、めちゃくちゃ楽しみながら用意をさせていただきました。

おゆ「初めに、このシートを読ませていただき私はとても感動しました」

思い入れが強すぎるが故に雑なプレゼンを始める私。

おゆ「さて。ではプレゼントを渡す前に、彼とぐりことの思い出を今回小説にしてきたので渡します」

ぐりこ「どどどどど、同人誌?!!??」

そうです。私はいわゆる夢本を刷りました。

ぐりこ「……家宝にします……」

おゆ「そしてこの思い出を踏まえた上で生成された物がこちらです」

ムーンストーンのネックレス。

ぐりこ氏の誕生月は6月。ムーンストーンは6月の誕生石という偶然。

色んな意味でパワーを貰ってくれると嬉しいです。

絞め殺してるようにしか見えないが、付けてあげてる。

 

そして宴は第3話へ続く……(暫くお待ちください)